いい家ってなんだろう。
暮らしやすさってなんだろう。
やがてこの家がおしえてくれた。
答えは日々の中にあることを。

「普通」という、ひとつの理想から。

ごく普通の家を —ときとして施主の方が口にされるその言葉ほど曖昧で、なおかつ難しい要望はありません。けれども、率直に申せば、つくり手である私たちの理想もまた同様。まさしく「普通の家」にほかならないのです。もちろん「普通」の基準がどこを指すかによって、「家」の有り様は変わってきます。が、それも当然。十の住まい手があれば、十の住まいができあがる。それが店先で選んだ品物と、一からつくりあげるものとの違いであり、世の中のあらゆるものの中で最も「注文」の多いもの―それが「わが家」というものであって然るべきと考えるからです。

遠州の気候風土を素直に受け入れ、応える家を。そして、人間の感性を喚起する住まいを。

ただ、各々に思い入れの差こそあれ、視線の先にあるものに実はそう違いはないのです。そこにあるのは「ごく普通の家」の姿。端的に言うならば、地味を生かし、自然と共存しながら、夏涼しく冬あたたかく、地震や強風など災害に強く、何十年先まで安心して健康に暮らせる家であるということ。なんだ、そんな当たり前のことを、とおっしゃるかもしれません。しかし、その当たり前が、この時代、目新しさや合理性などと容易く引き替えにされることも決して珍しくはないこと。だからこそ、番匠は、住まい手としての「普通」と家としての「必要」である「普通」、その二つを求め、しっかりと守り極めることを基本に、地域に根ざす工務店としての意義を果たしたいと考えます。

設計を生かす施工。施工を生かす設計。

設計においては、ぐるりと一年、折々を意識しながらその時々に応じて最適な家づくりを考えることで、満足に一歩も二歩も近づくことができると考えています。家具や電化製品のように取り替えのきかないものだからこそ、事前に十分な時間と手間をかけて設計する。それが番匠の家づくりです。 また、家は、住まい手と設計士と職人という、三種のつくり手を必要とします。立場を異にするそれぞれが連携し、それぞれの仕事を全うすることにより、満足を限りなく最高値に近づけることができます。 設計士はもちろん、職人もまた、住まい手に学ぶことは数多くあります。その逆も同様です。お互いに気を抜かず、誠意をもって家づくりにあたる。結果、「いい家」に近づけることができるということは、さまざまな経験から学んできました。だとしたら、私たちは、設計と施工を独立した分野としてとらえず、ひとつの流れの中で切磋琢磨しながら、相互をより生かすシステムを整えるべきではないだろうか―。

一見モダンな住まいにも、江戸末期操業以来の遠州の知恵と技が生きている。

そうした意識のもと、番匠は、長い時間をかけて思いをカタチにする設計士と、プランを三次元に立ち上げる職人とのもっとも近い関係づくりを構築してきました。 たとえば、本社設計室の隣に木材の加工場があるのも、そうした姿勢のあらわれのひとつです。プランを起こす人の傍らに、手刻みにこだわり、材を丹念に加工する人がいる。それこそが番匠たる証なのです。

この家に暮らすようになって
何年になるだろう。
誰もいないはずのリビングに
家屋の気配が漂っている。
いつしかぬくもりが宿っていた。

実質本位であること。

番匠では、南アルプスで育った樹齢六〇~八〇年の「天竜杉」を使用しています。これは決して銘木志向によるものではなく、同じ遠州の気候風土を知る素材が、理想の心地よさを手に入れるための重要な要素であると考えるからです。 地の利を生かし、産地直送によって流通コストを削減。また、それらの材を枝葉をつけたまま自然乾燥させる手法「葉枯らし乾燥」により、一層の強さ、美しさを引き出していきます。

柱や梁を覆わずに構造材をそのまま意匠として見せる。

元来、営業マンを持たない番匠の基本は、「実質」にお金をかけること。単に素敵でしょう、豪華でしょうだけではなく、住まい手が金額に見合った価値を求めるのは当然であり、それもまた満足を得るための大事な要素の一つです。  私たちは、家のどこに、何に、どれだけのお金がかかるのかをお客様が知るべきであるとして、コストをすべてオープンにし、お客様に提示しています。

その腕で問いかけ、
その技でこたえる。
たとえ無口な職人でも、
その技術は雄弁だ。
遠州の強い西風を
しなやかにかわす土壁、
手間をかけただけ、
心地よさが返ってくる。

技を尽くし、「つくる」感動。

モノづくりの基本は、その手にあり。家づくりで言えば、職人が命。いい腕、いい眼を持った職人がいれば、それはほぼ約束されるというわけです。
番匠は、設計から施工までを手がける工務店です。施工の質を高く維持するため、常に同じ職人を確保し、番匠の設計士や現場監督らと一緒にいわばチームとして動きます。
そもそも番匠の家は、職人の腕が発揮しやすい家であるといわれます。前述の手刻み加工然り、柱や梁などの構造体をそのまま見せる工法然り。遠州の西風を防ぎ、粘り強さを持つ土壁も、伝承の技を継ぐ職人たちの手技の賜。そして、こうした技を後世に継いでいくのも私たちの仕事です。住まい手と、職人と、私たちと。お互いの意志がきちんと通じあう「顔の見える家づくり」が私たちのルール。住まい手とともにつくり手も感動できる住まい―それが番匠の心です。

本社設計室(写真奥)と、そのすぐ横に設けられた木材の加工場(手前)。

大工の手仕事の良さ、大工の経験を生かしていく

時間に負けない。
むしろ時間を味方にできる
そんな家がいい。

守っていく楽しみ。

世の中にメンテナンス不要の家などありません。一見、住まいそのものにとりたてた変化はなくても、また、耐久性が保証されていても、日々に掃除が必要なように、折にふれて住まいにお手入れは必要です。また、ライフスタイルが変わったり、家族が増えたり、誰かが巣立ったり。環境や生活の変化に合わせて折々に適宜対応していくことも大切。ただ、そうした柔軟性、可変性を備えつつ、極力手のかからない家にすることはできます。いわばそのためにこそ入念な設計はあるのです。
その一方で、年月を重ねながら少しずつ手を入れ、「家を守っていく」ことを楽しんでいただきたいとも思うのです。庭先に植えた木の成長を目を細めて眺めるように、住まいの成長や変化を慈しんでいけたら、暮らしはどれだけ心豊かになることでしょう。
メンテナンスの際、おうかがいするのは、新築でその腕をふるった同じ職人です。自分の丹精をこめた家を、自分手で守っていく―そこには家づくりの責任と誇りがあります。

お問い合わせ
TEL. 053-487-0154

有限会社番匠

〒431-1209
静岡県浜松市中央区舘山寺町2831-2

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